25年ぶり...RC 原人現る
子供の頃の私の取り組みと、また始めるきっかけ
「おや、近所にラジコンのレース場があるのか・・・ちょっと行ってみようか」
たまたまインターネットで見つけた情報をたよりに出かけたのが、全ての始まりでした。
私は現在ソフトウェアエンジニアとしてロサンゼルスで働いています。
日本では某外資系企業の会社員として働いていましたが、その後転職して2005年にハワイに引越し、翌年2006年から今のロサンゼルスに引っ越して来ました。
2011年夏、たまたまインターネットの情報で近所にラジコンカーのレース場があることがわかりました。
「ちょっと、見てみようか。」という程度のノリで出かけたのが、ハンティントンビーチにある OC/RC Raceway です。
出かけたのは日曜の夜7時過ぎ。日も暮れ辺りは人気の無い暗い場所でしたが、屋内のレース場らしき場所からは灯りが漏れていました。
中に入ってみると、たくさんの人で賑わっていました。電動バギーのレースをしているようです。
今までみたことのないジャンプ台がたくさん並んだバギーコース。そこに猛烈な勢いで飛び込み、3、4メートルはあろうかと思うほどのジャンプを決めてラップを重ねるバギー。
私は一目ですっかり魅了されました。
レース場の雰囲気もフレンドリーで、誰でもウェルカムな感じです。はじめて行ったにもかかわらず、緊迫した中にもリラックスして観戦することができました。
それからさらに調べてみると、行き慣れた他の地区にもレース場があることがわかりました。
それがラミラダにある West Coast R/C Raceway です。
さっそく行ってみれば、こちらもやはりフレンドリーな雰囲気。 広い屋内にはオンロードとオフロードのコースがあり、メンテナンスするためのピットも広々としています。
はじめて West Coast R/C Raceway に行ったときはレースではなく、練習 (Open Practice) をしていました。 大人から子供まで。上級者からビギナーの人まで。実にいろいろな人が気軽に走らせているようにみえます。
「自分もここでラジコンを走らせてみたい!」
という熱い想いがこみ上げて来ました。
25年のテクノロジの進歩に驚愕
25年前まで、私はラジコン少年でした。
私の世代は、いわゆる "ラジコン・ブーム" を過ごした世代なので、同年代の人の間ではラジコンで遊んだことがあるという人は多いと思います。
ラジコンで遊んだことがある人は多いと思いますが、私は小学二年の頃からキットを作ったりしていたので、自分ではブームより先に始めていた、と思っています (右の写真は小学3年生の時の私)。
実際のところはブームの初期だったのかも知れません。
でも、少なくとも近所の子供たちがまだやっていない頃、少年向けのマンガや雑誌でラジコンが取り上げられる前ではあったと思います。
私は田舎が仙台で、当時仙台には立派なラジコン施設はありませんでした。
それでも少しは地元の模型店が主催するレースなどもあり、そうしたレースにも参加する等、活発にラジコンに取り組んでいました。
卒業文集の「将来の夢」には「ラジコンのエキスパートドライバーになる」と書いています。
ラジコンから遠ざかったきっかけは高校受験です。
あまりにラジコンばかりしてしまうので、さすがに自分でもこれはマズいと思い、思い切ってやめてしまったのでした。
時の経つのは早いもので、気付けばそれからもう25年近く過ぎていました。
昔は「ラジコン技術」や「ラジコンマガジン」などの雑誌を読み漁っていましたが、何しろ 25 年も前の話です。 自分の知識がどれだけ通用するのか、しないのか、まったくわからない状態。とにかく情報収集をはじめました。
そして知れば知るほど、テクノロジの進歩に驚くばかりです。
原始人が現代に現れたような気分です。
それでも、スペックをみるにつれ、「うわ!すごい!いまどきこんなことができるのか!」と何度驚いたかわかりません。
調べれば調べるほどに、「こんな高性能なマシンを、アメリカのレース場で走らせてみたい!」 という気持ちが抑えきれなくなってきたのでした。